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(投手:星 稜) (1997〜2000年) | 高校時代は夏の甲子園で準優勝に輝いた投手。慶應に入学すると聞いた時は「そんな凄い選手が来るのか!」と驚いたが、やはり期待通りに活躍してくれた。この人無しでは塾野球部の2000年秋の優勝は無かった事でしょう。神宮では試合前に球場の周りで1人黙々とアップをしていた姿が印象的だった。プロ(大阪近鉄)でも活躍する事を期待しています。 |
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(遊撃手:可 児) (1997〜2000年) | 大学4年になってレギュラーを獲得した選手。決して目立つ選手ではなかったが、試合前に学生席から冠者コールが起こるなど密かに人気があった!?ようだ。個人的には塾野球部が相性の悪い明治戦で3ランHRを打ち、派手なガッツポーズを決めていた姿が印象に残っている。しかし、その試合負けてしまったのは残念だった。それはさておき、甲子園出場経験の無い無名校出身の彼のような選手が、レギュラーとして優勝を経験できるあたりが慶應野球部の良さではないだろうか?と思わせてくれた。 |
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(捕手:松 山) (1999〜2002年) | 体格の良い三塁コーチャーと言えばおわかりになる人も多いだろうか。この選手、3浪の末塾野球部に入部した苦労人で実は中学では私の1学年上だった。その為、新入部員名簿の中に彼の名前を見つけた時は驚いたものである。(因みに私は中学時代野球部では無かったので持田選手は私の事を知らない筈)結局リーグ戦出場は果たせなかったが、3浪までして慶應に入学したと言うその心意気は尊敬に値します。学生コーチという大役、お疲れ様でした。 |
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(投手:慶應志木) (2000〜2003年) | 言わずと知れた長田(現西武)卒業後の慶應野球部エース。高校時代は慶應3校の中では最も弱小と思われる志木高を秋季県大会ベスト16まで押し上げた存在。大学では2年春に初登板を果たし、その後は一気にエースへの道を駆け上った。残念ながら早稲田戦での相性が悪く、勝利を挙げる事は出来なかったが通算16勝は立派な成績。私も志木高卒業生として彼が投げる試合は楽しみで仕方が無かった。卒業後は新日石ENEOSで都市対抗の優勝投手に輝くなど社会人野球の世界でも活躍を見せたが、2008年限りで現役引退。もうマウンドでその勇姿が見られないのは残念だが、今後は1サラリーマンとして頑張って欲しい。志木高同窓生として応援しています。 |
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(外野手:大 宮) (2001〜2004年) | 2004年度の塾野球部主将。今では野球無名校となってしまった大宮高校(実は昭和30年代を中心に7回の甲子園出場あり)から1浪の末に慶應に入学した選手であり、まさに「塾野球部的」な存在だった。2年生の頃から試合出場の機会が増え始めたが、外野手としての華麗なバックホームや最後のシーズンでも見せた試合の流れを一気に変える破壊力のある打撃は見事だった。残念ながらプロからの指名は得られなかったが、今後は1社会人として活躍して欲しい。 |
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(投手:土 佐) (2002〜2005年) |
高校時代は名門土佐高のエースとして、あの明徳義塾をあと一歩のところまで追い詰めたという実力者。塾野球部では千葉ロッテの渡辺俊介投手ばりのアンダースローでファンを楽しませてくれた投手だった。3年の春から頭角を現し始めたが、圧巻だったのはその春の明治戦。エース一場(現:楽天)との投げ合いの末、見事1−0で完封勝利を挙げた。そして、その年の秋には胴上げ投手も経験。 現在は社会人のJFE東日本で活躍中。先日、六大学と社会人の対抗戦で元気な姿を見ることが出来て嬉しかった。余談だが、以前彼と接する機会があったのだが、このHPを見てくれているとの事だった。という訳で今後のますますの活躍を期待しています(笑)! |
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(外野手:静 岡) (2004〜2007年) |
名門静岡高時代は捕手として甲子園出場。塾野球部入部後は、外野手に転向したが、彼の肩から繰り出されるレーザービームのようなバックホームは本当に素晴らしかった。最後のシーズンとなった2007年秋、遂にベストナインも獲得した。現在は社会人野球のJR東日本東北で活躍中。 彼とも一度球場外で接する機会があったが、ノリの良い性格ながら礼儀はしっかりとわきまえているナイスガイだった。社会人野球の世界でも頑張って欲しいと思う。 |