∇秋季関東大会準々決勝(11月3日:緑が丘スポーツ公園野球場:山梨県甲府市)
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※ 延長14回、日没引き分け試合
浦和学院と言えば、今や知らない人はいないくらいの高校野球名門校である。プロ野球選手の中にも巨人の清水をはじめ何人ものOBが在籍している。そして、今年度に限って言えば塾高野球部の漆畑哲也主将の兄、雅彦さんの母校という因縁もある。前日、栃木大会優勝校の宇都宮工を破って45年ぶりに秋季関東大会での勝利を挙げた塾高は甲子園を事実上決める事となる関東大会準々決勝でこの浦学と対戦する事となった。
両校エースは共に前日に続いての連投という事で同じ条件。しかし、浦学のエース井上が110球台の投球だったのに対して塾高の中林は投球数154という熱投を演じていた。この辺りの疲労度の違いがどう出てくるのか、がポイントでもあった。
立ち上がりにやや不安を見せる事の多い中林。この日も初回に2本のヒットに送りバントで先制のピンチを迎えたが、後続を打ち取り結果的には無難なスタートを切ることが出来た。だが、攻撃の方は初回、2回とチャンスを作ることが出来ず、逆に3回の守りでは無失点に抑えたもののノーアウトでランナーを2人背負うなど、塾高劣勢か?と思う序盤であった。
しかし、試合は3回裏に動き出した。牽制死などもあってあえなく2死となったが、関東大会に入って調子が上向いてきた9番渕上が鮮やかなヒットで出塁すると、トップの竹内が右中間へ大きなタイムリー2ベース。嫌な流れを断ち切るかのような攻撃で塾高が先制した。
続いて4、5回を復調の兆しが見えてきた中林がキッチリ抑えると、5回裏にもヒット2本に先ほどタイムリーヒットの竹内によるスクイズを絡めて追加点。「彩の国」の王者浦和学院相手に中盤で2点をリードするという良い意味で意外な展開になった。
但し、相手はさすがに名門浦学。6回にはその回の先頭打者から容赦なく3連打。更には犠打、塾高バッテリーによる2つの暴投なども絡んで一気に3点を奪い逆転。強豪の怖さを見せつけられた。だが、塾高もその裏にすかさず相手エラー、ヒットを絡めて2得点して再逆転。にわかに試合が忙しくなっていった。
7回表には再び浦学の反撃。先頭打者がヒットで出塁すると犠打、暴投に犠牲フライで同点。中盤から終盤に差し掛かるにつれて「もつれるのか?」と思わせる試合展開になった。ただ、塾高としてはこれまでの間に失点に繋がるバッテリーエラーが3つも出てしまっており、これは見ていて非常に痛かった。
しかし、予想に反して8回以降はまさに埼玉優勝校と激戦区神奈川代表校の意地のぶつかり合いという展開に移っていく。「クライマックス」とも言えるプレーが次々に見られたのもこの後だ。9回裏の塾高の攻撃はまず一つ目のクライマックスだった。この回先頭の代打長谷によるヒットをキッカケに作った2死2塁のサヨナラのチャンス。この日ここまで無安打だった主将漆畑が放った打球はライト前へ・・・。ランナー新谷が必死の走塁でホームに戻ってくる。同時に浦学の捕手今成の元へボールが戻ってきてクロスプレー・・・。結果は僅かに新谷の手がホームベースに届かずタッチアウト・・・。振り返るとこの時が最近数十年間でもっとも塾高が甲子園に近づいた瞬間だったように思う。
第二のクライマックスは11回裏の攻撃。1死後に2安打、1エラーで満塁という絶好のチャンスを作り、打順は3番高尾。雑誌記事によれば、ここで上田監督はスクイズを狙ったらしいが、高尾は打たせて欲しいと懇願したという。結局、ダブルプレーという結果に終わってしまったが、あくまで勝利にこだわるのか、それとも選手の精神面の成長に懸けるのか、采配の難しさを感じる場面でもあった。
第三のクライマックスは13回表、浦和学院の攻撃。1死2塁からライト前へのヒット。もちろん2塁ランナーは3塁へ。しかし、ここでホームへの返球が打者の置いたバットに当たってとんでもない方向へ・・・。これを見た3塁ランナーはすかさずホームへ突っ込んでくる。誰もが「勝ち越される・・・」と思った瞬間、何とカバーに入ってた中林がボールをキャッチ。それを捕手の高橋に返球して見事タッチアウト。ボールがバットに当たらなければ3塁ランナーはそのままいた筈。何とも言えない幸運に塾高が救われた場面だった。
そして、最後のクライマックス。照明設備が無い緑が丘球場という事で最終回となった14回。ここで得点できなければ、この日の勝ちが無くなる浦学は2死2塁からレフト前ヒット。2塁ランナーは当然のごとくホームに戻ってくるが、ここはレフト谷地からのノーバウンドによる素晴らしい返球でタッチアウト。力投の中林を救った。しかし、塾高は結局その裏の攻撃で得点圏にランナーを進めるも無得点で試合終了。両校の決着とセンバツへの行方は翌日の再試合に持ち込まれる事となった。
45年ぶりの「センバツ出場確定」の瞬間には残念ながら立ち会えなかったが、レンタカーを飛ばして甲府まで駆けつけた私としては、この壮絶かつ素晴らしい戦いを目にする事が出来て本当に良かった。途中からはもうどっちが勝っても良いと思えるくらいの試合だった。埼玉出身の私にとって浦和学院は幼い頃から慣れ親しんでいる学校。その強さはよくわかっているつもりだ。私だけでなく「神奈川=横浜高校」というイメージを持つ人は多いと思うが、「埼玉=浦和学院」という人もきっと多い事だろう。
そんなチームを相手にして塾高ナインは本当によく喰らいついたと思う。翌日の再試合では3連投の中林が遂に力尽き、0−6とスコア的には完敗。センバツ出場は微妙となってしまったものの、県大会の桐光学園、横浜戦での勝利、関東大会での宇都宮工戦の勝利、そして浦学との延長14回引き分けという事実は選手達に誇りに思って欲しい結果だった。
そして迎えた運命の1月31日。そう、センバツ出場校を決める選考委員会当日だ。当落線上と言われていた塾高を待ち受けていたのは・・・
45年ぶりのセンバツ出場!!!
選考委員会では再試合にまでもつれた浦学戦が高く評価されて、遂に関係者全員にとって待ちに待った瞬間が訪れたのだった。私も当日は内輪の祝賀会に参加させて頂き、塾高OBの方々と喜びを分かち合ったが、それにしても、前回甲子園出場時(昭和37年夏)は私が生まれるかなり前の事である。私自身は塾高野球部に注目するようになって10年、応援ホームページを開設してからは4年余りという短いファン歴だ。しかし、OBの方々にとってはこの復活劇は言葉に出来ないくらいの喜びだろうし、中には残念ながら後輩たちの甲子園での活躍を見る事無くこの世を去られたOBの方もいると聞いている。そのような多くの人々の思いが詰まった今回の甲子園出場。現役部員には変なプレッシャーを感じて欲しくはないが、多くの人たちの応援を自分たちの力に変えて本番に臨んで欲しいと思う。
ともあれ、既に気持ちは甲子園。センバツ大会は社会人にとって微妙な時期の開催だけに現地まで応援に行けるかどうかは組み合わせ抽選次第だが、やはり何とか甲子園で「若き血」を歌いながら、塾高野球部の活躍を生で見たいものだ。
では、最後に改めて塾高野球部へ・・・
おめでとう!そして有難う!!!
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2005年2月6日
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